─―原駅周辺は旧東海道沿いらしい、古い家屋が残る素敵な街だと思うのですが、ずっとこの地で酒造りをなさってきたのでしょうか?
*旧・東海道五十三次の13番目に宿場町。現在の静岡県沼津市原、最寄り駅はJR東海道線原駅。
もともとは網元で、魚を獲っていたらしいのですよ。それが、本陣が近くにあったこともあり、先見の明というか時代のニーズに応えて、酒造りを始めたという話です。
─―静岡県内で最も若い蔵元さんですが、酒造りはどのようにして学ばれたのでしょう?若くして蔵元を継がれて、大変だったのではないですか?
そうですね。東農大の醸造科学科*に入って、醸造のゼミをとったのですが、それが酒ではなく、醤油造りでした(笑)。ゼミの先生の勧めもあって入ったのですが、でもこの経験により、別の視点から酒造りを見ることができるようになって、かえって良かったと思っています。大学を卒業してからは、1年弱ほど全国新酒鑑評会を主催している、酒類総合研究所*で学びました。蔵を継いだのは25歳の時です。それから4年、何もわけの分からない、無我夢中の状態から、ようやく酒造りの面白さが分かるようになって来たところです。
*東農大:東京農業大学の略称。1891年、日本で初めて設立された私立の農学校。醸造科学科は日本唯一の醸造・微生物専門教育学科として知られる。
*独立行政法人酒類総合研究所:明治時代に設立された国立醸造試験所を起源とする酒類の研究機関。1909年に山廃酛を開発、1910年には速醸酛を考案。1911年には第1回全国新酒鑑評会を開催、現在に至る。
─―杜氏さんや蔵人の皆さんが社長よりも、年配で経験も長い訳ですが、若き社長としてやりにくい…そんなご苦労はありませんでしたか?
実は杜氏も蔵人も私の代になってから、ガラリと変えました。今の杜氏は、北海道と灘の両方で酒造りの経験がある南部杜氏*で、ちょっと面白いかなあと思って…。以前は越後杜氏を使っていたのですが、基本的に私は南部杜氏が好きなのですよ。
*南部杜氏:岩手県石鳥谷町を拠点とする、日本酒を造る代表的な杜氏集団。社団法人南部杜氏協会は、杜氏組合としては、全国最大の規模を誇る。杜氏の流派としては「南部流」と称される。南部杜氏協会内では酒造講習会、自醸清酒鑑評会が頻繁に開催され、酒造従事者のレベルアップに大きな力となっている。
─―ずいぶん思い切った転換をはかられたのですね。新しい造りのお酒について、お客さんからの反応はどうでしたか?
やはり最初は戸惑ったのではないかと思います。でもありがたいことに離れていくお客様は少なかったです。おかげさまで、今では私が継ぐ前よりお酒の生産量は増えました。
─―それは素晴らしいです。どうでしょう、この4年夢中で走ってきたという感じなのでしょうか?
蔵元になって1~2年は実験室のような感じでした。それを繰り返していくうちに淘汰していって、今の味に落ち着きました。ようやく味の変革期を通りすぎた感じですかね。今の酒は全て静岡酵母のNEW-5*を使った特定名称酒です。もう糖類を添加する普通酒は造っていません。
* NEW-5:主に純米吟醸酒、純米酒の醸造に用いられる静岡酵母。有機酸が少なく淡麗、華やかな吟醸香が特徴。
─―急に耳に入った情報なのですが、今年に入って杜氏さんが倒れられたとか。
そうなんですよ。全く予想していませんでした。蔵人たちはいつものメンバーが揃ったのですが、杜氏が体調を崩し、私も岩手まで会いに行ったり、東京の病院へ連れていったりと、手を尽くしたのですが、もう酒造りは無理だという結論になってしまって。別の杜氏を呼ぶということも考えたのですが、このチームでやってきて、また新しい人を入れるというのも…。折角いい調子でやってきたので、それなら…ということで、実は今期からは私が杜氏を兼ねることにしました。
─―大変なことですね。生身の人間のことですからそういうこともありますよね。でも、社長のご負担を考えると心配になるのですが。
今までも蔵でやってきたので大丈夫ですよ。蔵人たちとのチームワークもしっかりしていますから。
─―そんな大変な時期に、こうした質問もどうかと思うのですが、これから先の新しい展開は何かお考えですか?
今までに「フルーツと日本酒の会」や、酒屋さんと飲食店の共催で「干物で酒を飲む会」などを開催してきました。この業界はもともと保守的なのですが、生き残りを賭けて、酒のイメージを面白いものに変えていく、これは私たち若手が中心になってやっていかなければならないことだと思っています。
─―フルーツと合わせるなんて、意表をついていて面白いですね。
この辺り江戸時代は、富士山の雪に見立てて「にごり酒」を売っていたと聞きます。そんなアイデアも面白いと思いますし、今はまだ構想中なのですが、蔵の横にサロンを作ろうと思っています。板前を呼んで、地の魚や産物を肴に一杯飲めるような場所。一般の人が対象ではなく、あくまでも酒販店さんや飲食店さんを対象にしたものです。つまり勉強会の場ですね。食との新しい調和を考えたり、試したり、意見交換をできる場。それが広がって一般の方に伝わっていけば、大きな力になっていくと思うのですよね。今、巷でよく聞くスローフードの考え方は、そのいい追い風になってくれるのではないでしょうか。
─―いろいろユニークな取り組みが興味深いですが、社長がお考えになる「地酒」とはどんなイメージなのですか?
地酒は、地元の舌に合わせていくものだと考えています。焼津はかつお、清水はマグロ、ここ沼津は干した魚、よそに比べてえぐみのあるものが圧倒的に多い。その味に合わせて静岡らしさの残る味が基本になりますね。最近は山廃造り*にも挑戦しています。酸味のある、ちょっと面白い酒ですよ。沼津周辺には魚だけでなく、ブランド肉も多いですから、この山廃を肉料理に合わせたら…などいろいろ考えています。
*山廃造り:山卸廃止酛が正式名称。この酛で仕込むことを山廃仕込み、山廃造りと呼ぶ。国立醸造試験所(現・酒類総合研究所)が開発した、生酛系酒母を代表する酛育成法。現在一般的な速醸系酒母に比べると、育成時間が約2~4倍以上、30日近くかかる場合もあり、その分、手間や技術が必要となる。山卸廃止酛で造った酒は、酒母そのもののアミノ酸組成が高いため、非常に濃醇な味となり、香りも複雑で奥行きのあるものとなる。
─―地域の食を引き立てるのが「地酒」ということですね。では地酒だけに限らず、お酒の在り方についてはどう思われますか?
酒の旨さはそのスペックだけじゃない、酒を楽しむシチュエーションなのです。日本ならではの風情といったものかな。例えば蕎麦屋さんで、まず簡単なつまみを頼んで一杯飲む。そして、ささっと一枚のざる蕎麦を食べる…こんな粋な感じ。構えない、気取らない、日常の中にすっと溶け込むような親しみを感じさせるもの。日本酒はそんな存在であって欲しいですね。
─―今、他県でも清酒酵母の開発が盛んになるなど、地域間競争が激しくなって行くと予想されますが。
他県の追い上げは特に意識していません。私としては、自分たちの酒のネクストステージを見据えていきたい。新しいことに、もっともっとチャレンジしていきたいですね。