蔵元の感性を込めた、こだわりの酒を造りつづける。
▲上:温度管理が重要な麹室の壁には、電熱線が張り巡らされている。下:急な階段で繋がれた別棟の仕込み蔵には、密閉式のタンクがぎっしりと並んでいる。
──そうです、肝心なお酒のことをお聞きしないと(笑)。
それでは改めまして、富士正酒造さんの仕込み水は、どういった水でしょうか。
仕込み水は、日本一の湧き水といわれる、椿沢湧水の水を使っています。富士山と南アルプスに降った膨大な雨が伏流水となり、硬度48の軟水となって湧き出しています。富士山の年間降水量は年間25億トンもあるのですが、この水が富士山の地下に溜まり、少しずつ百年近く掛かって富士山周辺に湧き出してきてくれます。お酒は水の質でかなり味が左右されますから、この軟水を使うと優しい味の酒になりますね。富士山周辺に限らず、静岡県は全体的に軟水ですから、静岡らしさはここからくるのではないでしょうか。
それと、お米は地元産の酒造好適米をはじめ、特に九州の「西誉」や兵庫県の「山田錦」を使っています。「山田錦」は米が大粒ですから、酒造りがしやすいのです。高精白にしても、溶けにくいですからね。
──お酒は地元で消費される量が、多いのでしょうか。
一部は東京に出していますが、ほとんど地元で飲まれています。また、口コミでしょうか、いろいろな土地からも注文をいただいています。富士山へのドライブがてら、蔵に立ち寄って購入してくれる方もいますしね。それと、ネット販売も始めたので、こちらを利用してくれる方も多くなりました。繰り返し注文をしてくれるリピーターさんも多くて、感謝しています。
──富士正さんといえば純米酒という連想をされる方が多いと思うのですが、私個人としては、普段飲むことの多い本醸造にどんなお酒があるのかが、かなり気になったりします。
それなら、“げんこつ”ですね。一番売れている酒です。今は「優しい」が評価される時代ですので、無骨なものは敬遠されがちです。昔は、「地震・雷・火事・親父」が怖いものの代表でしたが、今の父親は優しく、いや、優しいというより甘くなりました。だから、父親の威厳というものがすっかりなくなってしまった。私らが子どもの頃は、ことある毎に親父の拳骨がとんでくる時代でしたからね。それは怖かったですよ。でも、今思い出すと、懐かしく温かい思い出なのですね。そんな親父の拳骨のような、骨のある酒が造りたかった。甘さを控えた、“ゴツン”とくる普段飲みの酒です。
▲富士正酒造では焼酎の製造も行っている。写真は真空式の蒸留器。
──そういう由来をお聞きすると、社長のおっしゃる造り手の感性や、こだわりを大切にした酒造りという意味が、よく分かるような気がします。
一言でいうなら、造り手は自分の感性に対して、頑固であってほしいと思っています。お酒は嗜好品なのですから、造り手の感性、こだわりを込めて造った酒を、旨いと思って受け止めてくれる飲み手がいて成立するのです。誰もがある程度満足するお酒では、嗜好品とは呼べないでしょう。